インターネットサービスプロバイダを主力事業とする富士通クラウドテクノロジーズ株式会社(旧ニフティ株式会社)が、近年、注力している領域のひとつがクラウド事業です。同社が提供するパブリッククラウドサービス基盤「ニフティクラウド」は、柔軟性、高性能、高信頼を兼ね備えた特長でユーザー数を急速に伸ばしています。このニフティクラウド上で提供される「ニフティクラウド mobile backend(以下、mobile backend)」は、mBaaSと呼ばれるサービスです。スマホアプリ開発時に必要となるサーバーサイドの設計・開発・運用をおまかせでき、しかも無料でスタートできる特長を持っています。あえて無料で提供した理由はスマホアプリ開発者の育成支援にありました。
富士通クラウドテクノロジーズ株式会社(旧ニフティ株式会社) クラウド事業部 モバイル・IoTビジネス部 横山尚人氏は「現在、スマートフォンの閲覧時間はアプリがWebサイトを上回っていますが、一方でWebに比べてアプリの開発者は圧倒的に不足しています。最大の理由は手がかかることです。アプリのUI・UXの作り込みに加えて、アプリ共有データの置き場となるバックエンドのサーバーを開発し、さらにさまざまな媒体に展開して告知する3つのプロセスが必要になります。もっとも煩雑なサーバーまわりの稼働を無料でアウトソーシングできるサービスが、mobile backendです」と、アプリ開発者の負担を軽減するメリットを語ります。
※「mobile backend」のサービス紹介ページより
現在、世界で1年に数百万本のアプリがリリースされています。一見、大きな市場に見えますが、その内情は限られた上位のアプリが利益の大半を独占する非常にシビアなものです。横山氏は「アプリ開発の基本はリスクを抑えたスモールスタートです。mobile backendを使えばサーバーまわりの開発が不要になり、コストもかかりません。そのぶん、本来のアプリ開発に専念できるわけです」とサービスに込めた意図を説明します。アプリ開発者の多くを占めるのは個人ユーザー。そんな彼らにとって願ってもない無料サービスでしたが、提供当初の会員数は伸び悩んでいました。
その理由を横山氏は「提供開始当初は、サービスをつくって、Webサイトを立ち上げただけ。ユーザーを呼び込むためのWeb施策がまったくできていませんでした。そこに私がジョインして施策担当になったのですが、当時のチームでWeb施策を手がけられるのは私しかおらず、結果的に1人でチャレンジすることになってしまったのです」と当時を振り返ります。
富士通クラウドテクノロジーズ株式会社
クラウド事業部モバイル・IoTビジネス部
横山尚人氏
横山氏の孤軍奮闘が始まります。当時、「mobile backend」のサービスサイトは、社内共通のSFA、メール配信、CMSといった複数のツールで運用されていましたが、ここを見直すことからのスタートでした。横山氏は「サイトは動いているものの、コンテンツを継続的に発信する仕組みができていなかったのです。もちろん、従来のツールでも対応はできましたが、それを1人で回すには大変な負担がかかります。しかも、まだ立ち上げて間もないサービスで使うには、あまりにも重厚長大だったのです。そこで以前の職場で使っていたこともあり、HubSpotの導入を決断しました」と経緯を語ります。
「HubSpot」とは、CMS、ブログ、Eメール配信、ソーシャルメディア運用、アクセス解析等、さまざまなツールを統合したインバウンドマーケティングに最適化されたマーケティング統合管理ソフトウェア。1ツールですべてのリードデータ、コンテンツの一括管理ができることが大きな特長です。横山氏は「以前の職場でも同じようなWeb直販型のクラウドサービスを扱っており、HubSpotとの相性が非常に良かったのです。そこでやっていたことが、そのまま現サービスに移行できること、必要なツールがひとつに統合されているので1人でも容易に回せることが決め手になりました」と説明します。
こうして横山氏は「mobile backend」のWeb施策を「HubSpot」でスタート。最初に取り組んだのはWebサイトのアクセス状況の解析でした。
「mobile backend」は法人用、個人用アカウントで使えるようになっていますが、注目したのは圧倒的多数を占める個人用アカウント、無料会員の流入経路。どういう導線、動機づけで来て、どのページを見て会員になったのかの分析を進めていきます。こうした一連のプロセスを簡単に「タイムラインで見える化」できることも「HubSpot」の特長です。
横山氏は「そこでわかったのは、“mBaaSとは”というページの集客が格段に多かったこと。つまりサーバーの課題を抱えるアプリ開発者がいろいろ調べた結果、ようやく“mBaaS”というキーワードにたどり着き、そこから流入していました。これからアプリ開発を考えているターゲットには、まったくリーチしていない。これでは意味がありません。
いいサービスであることを伝えたいのに、まずmBaaSを使いたいと思える人の悩みを説明する必要がある。そのギャップを埋めるアプリ開発者目線のコンテンツづくりが最初の課題でした」と当時を振り返ります。
※「HubSpot」ではユーザーの行動がタイムライン形式で可視化される(参考イメージ)
その他にも「HubSpot」の導入によって、いくつかの流入キーワードが見えてきました。ひとつめは「Monaca」。これはHTML5でマルチプラットフォーム対応のモバイルアプリ開発が行えるサービスです。もうひとつは「無料3Dモデル」。これも同じく3Dコンテンツ制作に特化した統合開発エンジン「Unity」に関連したキーワードでした。
「こうしたキーワードを受けて、それぞれのサービスにmobile backendを対応させました。同時に、うちのブログの記事にMonaca、Unityに関連するアプリ開発段階の課題を解決するノウハウ、TIPSなどをまとめて載せたところ、徐々にアプリ開発者にリーチできるようになっていったのです」と横山氏は説明します。
ターゲットであるアプリ開発者にリーチするきっかけを「HubSpot」でつかんだ同社では、次々に新たなコンテンツの配信を進めていきます。まず、サイト内の基本的なコンテンツは顧客の抱える課題のレベルに合わせて、浅いところから深いところまでを網羅。これにより閲覧されたページによって、顧客のサービスに対する理解度、抱えている課題のレベルがわかるようになっています。また、日々、新たに配信する記事についてはエバンジェリスト、コンテンツマーケティング会社、そして社員の3パターンの書き手が存在し、それぞれの記事を掲載する場所を変えているようです。
その理由を横山氏は「試しに3パターンを展開したら、どれもそれぞれ効果があったので続けています。まずエバンジェリストはアプリ開発者のコミュニティに精通した方を起用。開発者に向けて深堀りしたコンテンツをブログに書いてもらっています。コンテンツマーケティング会社の記事はHubSpotのブログ。HubSpotをよくご存じなので、入稿、承認のプロセスが非常にスムーズに行えることに加え、ペルソナに合わせたキーワードなどの意図を汲んで記事にしてもらっています。また、社員の記事が載るのはHubSpotを使って判明した最大のリファラ―(流入先)であるアプリ開発者向けの技術情報共有サービス“Qiita”です。ここは宣伝でなければ誰にでも書ける決まりがあるので、主に個人名で技術的なノウハウを掲載するようにしています」と記事の使い分けを説明します。とくに注目したいのは社員の記事を掲載する先。自らの媒体にとらわれることなく、課題を解決できるいちばんの導線に記事を載せることで、大きな効果を生んでいるといいます。
「その他に記事広告も試してみたのですが、アプリ開発者は広告と気づいた時点で記事をスルーします。記事の内容に開発に役立つ有益なノウハウが含まれていない限り、読まれない。これは、いろいろ試してみてわかりました」と横山氏はコンテンツ配信のポイントを訴えます。こうした開発者視点のコンテンツ配信が功を奏し、「mobile backend」のUU(ユニークユーザー)数はみるみる増え、比例して会員数も爆発的に増加していきました。
※「mobile backend」サービスサイトのUU数推移
横山氏は「もともと認知さえされれば、需要のあるサービスだったのです。認知を増やすためにEブックをつくる、バナーを張る、ブログを立ち上げる、一つひとつのプロセスを経るたびにどんどんUUが増えていきました。また、UUの増加に比例して売り上げも拡大を続けています」と、これまでの施策の効果を実感しています。施策に対する効果をすぐにグラフ化として表示して分析、評価できる点も「HubSpot」の持つ大きな特長のひとつです。
横山氏から遅れること半年、「mobile backend」のチームに加わったのが森永一吉氏です。すでにさまざまな施策が回り始めている状況だったにもかかわらず、とくに大きな問題もなく順応できたといいます。森永氏は「HubSpotは最初から直感的に操作できました。この使いやすさがあったおかげで、自然に仕事になじめたのです。
私は営業担当ですのでブログやメールの配信といった業務に加え、お客さまを訪問する機会も多くあります。この営業活動を支援するツールとしてもHubSpotを活用しています。事前に訪問するお客さまがどのような点に課題、興味を持っていて、どこまでサービスを理解しているかがわかるので、商談時の話が早いのです。この話を別の営業にするとびっくりされます」と笑います。
続けて「事前に設定したペルソナにあてはめて、商談をスムーズに進められます。また、ペルソナごとの勝ちパターンもかたちになってきているので、非常に効率的な営業活動ができるのも大きな魅力です」と営業面の効果を説明します。
「HubSpot」によるインバウンドマーケティングで重要になるのがペルソナの設定です。これは個人的な背景などを含めて細かく設定した理想的な顧客像で、通常はいくつかのパターンを用意します。森永氏は「最初は4つ、現在は6つのペルソナを設定しています。
HubSpotを使えばお客さまのさまざまなデータを可視化できるので、ペルソナをつくることに難しさはありません。設定項目でもっとも重要になるのはペルソナの抱える“課題”です。これが事前にはっきりしているから、お客さまの課題に合わせた話から入れるようになります」とペルソナ設定の重要性を語ります。
富士通クラウドテクノロジーズ株式会社
クラウド事業部モバイル・IoTビジネス部
森永一吉氏
インバウンドマーケティング、ペルソナ、コンテンツ・・・なにやら、大変そうだと考えた方もいるのではないでしょうか。ただ、ここで難しくとらえる必要はないと横山氏は断言します。「いろいろ考えるより、とりあえず回してみることです。
とくにコンテンツを継続的に配信するのは難しいと思われるかもしれません。最初は私たちもそうでした。誰もメールやブログの記事なんて書いたことがないので、お互いの得意分野で補完しながら慣れていきました。最初に担当を固定してしまってはだめ。みんなをオールラウンドプレイヤーに育てることが成功の秘訣です」とアドバイスを送ります。
もうひとつ、インバウンドマーケティングを成功させるポイントはパートナー選びにあります。現在、同社の「HubSpot」はDiamondパートナーである24-7が担当。この24-7の存在が非常に大きいといいます。横山氏は「導入したら終わりではなく、導入後もしっかりサポートしてもらえるパートナーを選ぶべきです。24-7はそこがしっかりしています。ここの使い方がわからないとふんわり投げたところ、すべて動画で解説したものを送ってくれてびっくりしたこともありました(笑)。
あいまいでも要望を伝えれば、必ず具体的な回答が返ってきます。サービスに精通していること、多くのユーザーへの導入実績を持っていることで、回答の引き出しが多いのです」と、的確かつ迅速なサポート体制を高く評価します。
このサポートには「HubSpot」に関係するすべてが含まれています。インバウンドマーケティングの導入・運用支援、Webサイト制作、オウンドメディア構築、コンテンツ制作までを支援できるのが24-7の強みです。横山氏は「マーケティング構成から、Eブックなどのコンテンツ制作までサポートしてくれます。運用に限らず戦略に深く関わる部分でトータルに手伝ってもらえる。そこが頼りになります」と締めくくります。
「HubSpot」の導入は、園芸でいえばタネをまいた状態に過ぎません。芽吹かせ、花を咲かせ、たわわに実った果実を収穫するためには、コンテンツの配信などの継続的な取り組みが必要です。いろんな社員を巻き込んでの体制づくりはもちろんのこと、その取り組みをしっかり支えてくれるパートナーを選定することが重要だといえそうです。
企業名 |
富士通クラウドテクノロジーズ株式会社(旧ニフティ株式会社) |
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業種 |
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事業内容 |
ISP事業 Webサービス事業 |
従業員数 |
連結:743名 |
URL | http://fjct.fujitsu.com/ |